平成十七年六月二十一日に閣議決定されたいわゆる「骨太の方針2005」においては、次のように定められた。
社会保障給付費の伸びについて、特に伸びの著しい医療を念頭に、医療費適正化の実質的な成果を目指す政策目標を設定し、定期的にその達成状況をあらゆる観点から検証した上で、達成のための必要な措置を講ずることとする。
上記目標については、国民が受容しうる負担水準、人口高齢化、地域での取組、医療の特性等を踏まえ、具体的な措置の内容とあわせて平成17年中に結論を得る。
その上で、平成18年度医療制度改革を断行する。
その後、同年九月十一日に行われたいわゆる「郵政選挙」において自民党が圧勝し、首相官邸の力がさらに強くなった。
そして、同年十二月一日に政府・与党でまとめられた「医療制度改革大綱」において、「医療給付費の伸びと国民の負担との均衡の確保」として、次のような内容が決められた。
医療給付費の伸びに関しては、糖尿病等の患者・予備群の減少や平均在院日数の短縮などの中長期の医療費適正化対策の効果を基にして、また、公的保険給付の見直し等を積み上げた効果を織り込んだ形で、経済規模と照らし合わせ、国民にとって安心できる医療の確保の観点や、国民負担の観点から評価しつつ、5年程度の中期を含め、将来の医療給付費の規模の見通しを示す。
そして、これを医療給付費の伸びの実績を検証する際のH安となる指標とする。
一疋期間後、この目安となる指標と実績とを突き合わせることにより、医療費適正化方策の効果を検証し、その検証結果を将来に向けた施策の見直しに反映させる。
将来の医療給付費の規模の見通しを示すに当たっては、例えば、その対国民所得比や対GDP比を示し、国民にとって安心できる医療の確保ができるかどうかという観点や、国民負担の面で許容範囲にあると考えられる程度の水準にあるかどうかという観点から、厚生労働省、経済財政諮問会議等で検討を行う。
その後、現実に医療給付費の対国153民所得比等の一定の増加が見込まれる場合、どのような要因に基づいているのか検証し、施策の見直しの必要性について検討を行う。
(注)医療給付費の実績が目安となる指標を超過した場合であっても、一律、機械的、事後的(遡及的)な調整を行うものではない。
施策の効果を検証し、国民の負担と安心に配慮しつつ、将来に向けて適時施策の見直しを検討する。
こうして、単に平均在院日数短縮などに関するミクロの目標を定めるだけではなく、それらの個別施策の効果を積み上げた医療給付費の見通しを示し、それが「目安となる指標」として位置づけられることになったのである。
いったいこの「目安となる指標」がいかなる機能を果たすものなのか、妥協の産物であるがゆえにきわめてあいまいであるが、当初、経済財政諮問会議民間議員が主張していたような「管理」という考え方は見送られたものの、医療給付費の伸びの抑制を検証していく仕組みは着々と組み立てられていったのである。
ミクロの医療費適正化目標なら問題ないのかこれまで見てきた「伸び率管理」をめぐる議論から明らかなように、経済財政諮問会議民間議員は医療給付費というマクロの指標を、厚生労働省は平均在院日数短縮などの個別施策によるミクロの指標を重視していた。
そして、厚生労働省は、「伸び率管理」を否定すればするほど、それらの個別施策による医療費適正化を確実に実施しなければならない状況へと追い込まれていったのである。
なぜなら、個別施策の積み上げで医療費適正化を進めていくと言いながら、もしそれらの施策が中途半端に終わってしまったら、それこそ「やはり『伸び率管理』のような強硬策が必要だ」という議論を再び引き起こしかねないからである。
とくに、平成十八年度医療制度改革では、生活習慣病対策や平均在院日数短縮という中長期的な施策を重視していたが、医療費削減効果がすぐに目に見えてあらわれる患者負担引き上げや診療報酬引き下げにくらべ、これらの施策は本当にそれでうまくいくのか不透明である。
それゆえに、ますますこれらの中長期的な施策を目標どおりに実施していく仕組みをつくらなければならなくなったのだ。
そこで導入されたのが、経済財政諮問会議民間議員の主張していた「PDCAサイクル」である。
PDCAサイクルとは経営管理などで用いられる概念で、制度化したものである。
こうした手法が医療の世界にも導入されたのだ。
療養病床再編計画との関連でいえば、医療費適正化計画に定めた都道府県ごとの平均在院日数短縮目標の達成状況に応じて、診療報酬の特例が設定される。
つまり、ある都道府県で平均在院日数が目標どおりに減少しなければ、入院に関する診療報酬が引き下げられ、その都道府県内の医療機関にペナルティを科すということだ。
質の高い政策を行うためには、政策を実施したあとに事後評価を行い、政策の見直しにつなげていく必要がある。
その意味でPDCAサイクルの必要性それ自体は否定しない。
しかし、金銭的インセンティブを与えて思いどおりに誘導しようとしても、うまく機能するとはかぎらない。
都道府県ごとで診療報酬に差が出ると、近隣都道府県の間で患者の押しっけ合いが生じるかもしれない。
療養病床の削減は、このような医療費適正化計画の第一期(平成二十〜二十四年度)の柱として位置、づけられることになったのである。
当時の経済財政諮問会議民間議員と厚生労働省の主張を比較すると、マクロの給付費かミクロの個別指標かという違いはあるものの、まず削減ありきで頭ごなしに押さえつけるという点では共通になってしまった。
こうした数値目標を掲げて社会をコントロールしようとするやり方は、国民生活に大きな弊害をもたらすだけである。
療養病床削減計画の混乱は終わらないこの事の冒頭でも述べたように、療養病床には医療保険適用と介護保険適用の二種類があるうち、厚生労働省はついに医療療養病床の削減数を大幅に緩和した。
医療療養病床の削減数は法律上の具体的な規定がない。
法律では、医療費適正化計画を策定し、そのなかで目標値を定めることになっているだけである。
だから、厚生労働省はいとも簡単に方針を変更できるのだ。
他方、介護療養病床については、その廃止が法律に明記されており、方針転換には法改正を行わなければならない。
いまのところ、この方針は堅持されたままだ。
現場の実態に合致していないということで医療療養病床の削減数を見直したのであれば、介護療養病床の廃止についても見直すのが筋であろう。
さもなければ、療養病床削減計画の混乱は終わることはない。
決して「介護療養型老人保健施設」などでごまかせるものではない。
社会的入院を是正するとしても、それは医療という人間の生と死をめぐる領域である以上、人はいかにして死を迎えるのか、地域や家族はいかにあるべきかという根源的な議論を避けては通れないはずだ。
厚生労働省にも、もともとはこうした理念が少なからずあったはずで1〜7ある。
にもかかわらず、財政面のみに目を奪われて歳出削減の論理ばかりを優先していては、158国民生活の基盤が瓦解するだけである。
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